浮舟短歌

真夜中にいつくしむ雨われを抱く

母の日に感謝せずとも良いのだと血の色かなし花を許せり

母の日に感謝せずとも良いのだと血の色かなし花を許せり


毒親のことなので閲覧注意です







おそらくお金がなかった大学生の時に母の日に花屋さんでカーネーションを一本だけ買っていったら「こんなもの買う金があるなら●×▲□………(以降衝撃的内容すぎて忘れた)」カーネーションを、こんなものと言われてしまって泣いた記憶があります。


なぜこの人から生まれてきたのか、同じ血が流れているのか、血の繋がりを憎みました。カーネーションは悪くないのに私は毎年苦い気持ちでカーネーションを眺めています。


もう無理して母親に感謝とかしなくていいと思うんですけどやっぱどこかでわかって欲しいとか認めて欲しいとか思ってしまう。でも今年は誕生日にプレゼント贈ったので花は贈らないと思います。昔子供の時に懲りずに手紙も渡したら目の前で「こんなもの喜ぶと思ってんの?」って捨てられたし、本当に親といえど感謝は無理してするもんじゃないです。赤の他人です。LINEブロックしています。


でも生きていれば分かり合える日も来るのかな………と母親がいつか死ぬまではまだ希望を捨てきれずにいて、希望という病だと思います。どこまで距離を取れば子供の頃を懐かしめるくらいになるんだろう。生まれてきた時は喜んでくれただろう、名前をつけた頃は喜んでくれただろう、どこから疎み疎まれるようになってしまったのか。

母親なりに私のことを考えてくれていることも分かってはいますが、それは私を苦しめるものでしかなく、絶対に交わることのない道を時々振り返りながら歩いています。


母の日のCMつらいので、なるべくYouTubeしか見ない慈雨でした。